ちょっと参戦
>>84 てんぷらについて説明しておくと、信長の時代に長崎に原型となるものがやって来た事はみんな知っている。
ただ、それをもってして長崎起源だとか長崎料理だと思い込むのはありがちな間違いです。
そもそも長崎に来たてんぷらは現代のものとは全く違う料理で、油で揚げるのは同様ですが甘く味付けをしたお菓子のようなものでした。
では、ポルトガルでもそのように食べていたのかと言えばそうではありません。
むしろポルトガルでは現代のてんぷらに近く蛸や野菜などを揚げ塩で食べるシンプルなものでした。
その本来とは違ったてんぷらが長崎で独自進化したものが、長崎てんぷらと呼ばれる一般的なてんぷらとはかなり異なったものなのです。
さて、長崎から入ったてんぷらは上方や江戸へと伝えられていき、またしても形を変えていったのです。
上方文化圏では魚のすり身を素上げしたもの、現在のじゃこ天 薩摩揚げに相当するものがでてきて、江戸では現在のてんぷらと呼ばれるものの大元になりました。
それが全国にひろがり逆輸入的な形で長崎でも根付いたのです。
その流れで長崎では両方のてんぷらが一般的であり、長崎てんぷらとてんぷらと、呼び名を使い分けています。
九州でいまでもさつま揚げをてんぷらと呼ぶのは昔のてんぷらの名残。
つまり、今で言うてんぷらは間違いなく東京の発祥であり伝統料理の位置づけで全く間違いありません。
はからずも本家ポルトガルに近い形になったのは歴史の妙を感じさせてくれます。
ちなみにカステラも本家ポルトガルのものとは全く別物で、向こうでは今や一部文献に残されているのみで全く一般的ではありません。
当時、船に乗せる事の出来る材料からありものでそれを再現しようとしたのが現代のカステラの原点です。
私から言わせれば無知は貴方。
申し訳ないが表面のみの知識でさも当たり前のように間違ったものをひろめないで欲しい。
多少なり根付いて文化的に残っていれば名物といって支障はありませんが、ポルトガルのカステラようなものは名物ではないですね。
元祖が必ずしも名物ではありませんし、その逆も然り。
文明堂にしてもその土地で一定の期間、一定の認知がされていれば発祥はどこであれ名物でしょうね。
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