イラク共和国


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026 2023/11/19(日) 02:39:15 ID:Xooq8DTAhs
ササン朝ペルシア 3世紀にパルティアに代わりイラン高原を支配した農耕イラン系国家。ゾロアスター教を国教とし、高度なイラン文明を発達させた
ササン朝は西方のローマ帝国と激しく抗争した。一方東方ではインドのクシャーナ朝を圧迫した。
ササン朝のシャープール1世時代は、西方のユダヤ人の中から興ったキリスト教と東方のインドに興った仏教の影響がイランにおよび、イラン本来のゾロアスター教が大きく動揺した時代であった。特にバビロンで活動したペルシア人マニは、キリスト教(グノーシス派)と仏教の影響を受けてゾロアスター教と折衷させた新たな宗教マニ教の教祖となった。5世紀初めには中央アジアに興ったエフタルの侵入を受けて一時危機に陥った。「最後の大王」ホスロー2世(在位590~628)は王位を確定すると、今度はビザンツ帝国の混乱に乗じて小アジアに進出、さらに614年にはイェルサレムを襲撃し、イエスが磔になったという十字架を持ち去った。このササン朝とビザンツ帝国の長期にわたる抗争は、東地中海-レヴァント地方-シリア-メソポタミアを結ぶ東西貿易を衰退させ、その戦乱を避けた商人たちがアラビア半島南部のヒジャースを通るようになり、それがメッカやメディアの繁栄をもたらし、そこからイスラーム教とその国家が台頭することとなる。7世紀にアラビア半島に起こったイスラーム教勢力は熱狂的な宗教的情熱から、周囲に対するジハード/聖戦を展開し~ニハーヴァンドの戦い~651年ササン朝ペルシアは滅亡。以後、イランは急速にイスラーム化>>1

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